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戦後の横浜はアメリカ進駐軍を抜きにしては何も語れない。随一の繁華街であった伊勢佐木町、山下公園、本牧、港内の工場地帯、埠頭などあらゆる場所が接収され、その結果としてそれぞれは接収解除後も独特の雰囲気を保ちながら今に至っている。
そうしたなかで根岸台の米海軍住宅は横浜の中心から非常に近い場所にありながらいまだに接収が解除されておらず、そこには日本らしからぬ風景が広がっている。

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米軍根岸住宅


横浜の街を見下ろす丘の上に張られた有刺鉄線の向こう側には、手入れの行き届いた公園のように芝生の敷き詰められた庭が広がり、色とりどりのペンキで塗られた家屋がゆったりとした間隔を保ちながら建てられ、およそここが日本であるとは思えない光景が広がっている。あたかもアメリカの郊外住宅地に居るかのような錯覚に陥る。




簑沢地区の様子


その一方で丘の下に住む庶民の家々とはあまりに好対照な構図があり、戦勝国と敗戦国という立場の差をまじまじと感じずにはいられない。左写真の簑沢地区の例では、写真上の赤線より上が米軍敷地で、下が日本の民間住宅群である。丘の上と谷の底という立地の違い、家々の密集度の違いなど、そこにははっきりとした違いが見て取れる。

米軍根岸住宅の傍で育ち生活してきた或る人は、"OFF LIMITS"のフェンスの向こうに広がるハウス(米軍根岸住宅)を見るにつけ、その日本離れした住環境に羨望し憧憬を抱きつづけていたのだが、自らが住む地区の住宅事情と対比して考えると、100%羨望できない複雑な思いも湧いてきたそうだ。




"OFF LIMITS"の看板





米軍第5消防署


敷地面積約43万平方メートルの米軍根岸住宅内にはPX(Post exchange. 基地内売店)は勿論のこと、教会、学校、診療所、図書館、銀行、郵便局、そしてボーリング場と、生活に必要なありとあらゆる施設が備わっている。

この米軍住宅やそれに隣接している海軍技術工作隊の消防を担っているのが、米軍第5消防署である。立入禁止の軍用地内に所在している他の施設と違い、この消防署は日本の公道(横浜駅根岸道路)に面して建てられており、誰でもいつでも、明らかに普通の消防署とは違うその姿を見ることができる。

消防署の車は、今でこそ三菱ふそうの車輌になってしまったが、昔は珍しい車種が格納されていたり、アメ車のゴツく黄色い消防車が停まっていたりと、外国の施設らしい独特な雰囲気があった。
道沿いにあるこの消火栓も日本を感じさせない。




いかにも…な消火栓


ところでこの消防署は、実のところ結構頼りないようである。
2002年3月のことであるが、火事を消すべきこの消防署が自ら火事を起こしてしまったのだ。しかも自分の所の火事を自分で消すことすらできなかった。毎日新聞の記事を抜粋すると次の通りである。


30日午前3時10分ごろ、横浜市中区根岸台の米軍根岸住宅地区内にある消防署「米軍第5ファイヤーステーション」から出火、木造平屋建て事務所兼倉庫約720平方メートルのうち天井部分約70平方メートルを焼いた。
同ステーションには消防車5台が配置されているが、電動式シャッターが開かなかったため、出動できなかった。火は、横浜市消防局の消防車15台が消し止めた。
山手署は、電気配線のショートが原因とみている。
同ステーションは、約400世帯ある米軍住宅を管轄している。


どうやら建物の老朽化により電気配線がショートし、それが発火の原因になったようであるが、ブレーカーが落ちてしまったために電動シャッターが開かず、このため自前の消防車が出動できなかった、という顛末のようだ。おいおい…。アメリカに対して持つ大雑把というステレオタイプ通りの事件だ。大事にはならなかったようだから、笑い事にして済ませておこう。


所在地
 米軍根岸住宅:中区・磯子区・南区(3区の境界域)
 米軍消防署:中区根岸台(市道横浜駅根岸線の根岸旭台交差点)


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