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神奈川県内には所謂「ちょんの間」と呼ばれる場所がまだ数箇所現役で残っている。K市の有名ソープ街Hや昔からの花柳街であるM町、S市でM駅前の「たんぼ」と呼ばれる都県境の一角、戦前の旧海軍と戦後の米海軍がお得意だったY市のY、そしてここで紹介するK町である。このK町の「ちょんの間」は関東最大規模ともいわれ、幾度となく消滅や取り潰しの噂が立っては消えながらも、今に至ってなお健在である。

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こんな外観


今回取材のために訪れた日は(撮影だけですよ)、 秋だと言うのに12月並みの寒さまで冷え込んだのだが、お姐さま方はそんな寒さにもめげず下着姿で店の前に立ち、お茶をひくまじと男性の通行人に視線を送っている。軒先にテントが張られた棟割構造の店からは淫靡で安っぽい色の光が零れ、それが独特な哀愁を漂わせていた。
この日は、お店の方ではないが私もこの街で街娼の中国人に何度か声を掛けられた。道端には使い捨てられた針のついた医療器具が落ちていた…。




夜の様子・1
(この写真は拡大版なし)


左の写真では灯りの燈っている店が営業中である。敢て営業していないタイミングを見計らって撮影したので、写真に写っている店は全て閉じているように思われるかもしれないが、実際にはこんなものではない。昼だろうが夜だろうが、堂々と店の入り口に立って商売をなさっている。初めてこの街を見た人ならば、その異様な光景にびっくりするに違いない。




夜の様子・2
遠くから撮影
入口の赤い照明に浮かぶお姐さまの影


パッと見たところ安っぽい感じがするだろうが、その通りである。だからここで働くお姐さま方は殆ど中国、タイ、マレーシア、ロシア、中南米などから騙されて連れてこられた人々である。同様に関東の「ちょんの間」の多くは外国人が多い。一方で大阪の「ちょんの間」として有名なT新地では多くの娼妓が日本人である。関東と関西の違いには何か特殊な事情がありそうだ。




この場所を象徴するような看板



こうした店は安いから客足も絶えない。昼夜を問わず街では常にブラブラしながら物色している男性の姿を見ることができる。そのかわりリスクもある。世界を騒がせているウイルス性伝染病が日本に上陸したのはこの地であるという噂もあるほどだ。


場所が場所だけに屡々おまわりさんから眼をつけられ、事によってはそれが新聞記事になる。2001年1月16日の朝日新聞・朝刊(全国版)にはこのような記事があった。そこからはこの街とそこに軒を連ねる店の様子がよくわかるので、縮刷版から抜粋したものを伏字を使いながらではあるが紹介したい。


売春宿になることを知りながら店舗を販売したとして、神奈川県警生活経済課と伊勢佐木署は十五日、横浜市*区**町にある不動産会社社長の****容疑者と同社従業員****容疑者を売春防止法違反(資金等提供)の疑いで逮捕した、と発表した。県警によると不動産取引に同法を適用するのは珍しいという。
調べでは、二人は一九九八年十二月ごろ、売春用に使うことを知りながら同区**町一丁目にある飲食店二店を売春宿オーナーの男(同法違反の罪で起訴)に七百五十万円で売った疑い。この男はタイ人女性(34)らに一部屋につき月七十五から百万円で貸していたという。
この店舗は京浜急行***駅−****駅間の高架下周辺の「ガード下」と呼ばれる一角にある。二階建てで七店続きの棟割り構造。一店の延べ床面積は約十八平方メートル。一階は飲食店で、二階が二畳一間の個室。


月七十五から百万円なんですか…。労使?関係における具体的な金銭収納システムは知らないのであくまで想像の域を超えないが、「ちょんの間」は一般的に固定相場制といったらよいのだろうか、客の支払う額の相場が大体決まっているので、それを考えるとかなり厳しい額のように思う。

社会の現実としてこの手のものは永劫に存在しつづける。それが現実だ。警察もそれを百も承知の上で現在のような取締り形態を続けているものと思われる。これからもおおっぴらにせず、店から零れるピンクやパープルの寂れた照明のように、ひっそりと営みを続けていくのだろう。


黒澤明の名作「天国と地獄」では、警察に追いかけられている犯人がヘロイン中毒患者を殺す場所としてこのガード下が登場する。実際に戦後からしばらくの間、ここはヘロイン窟として悪名を馳せていた場所だった。
劇中では山崎努扮する犯人が伊勢佐木のダンスホールで純度の高いヘロインを入手し、ここで蹲っていた重度の中毒患者の女をドヤに連れ込んで、入手したヘロインを与える。すると女はショックを起こして死んでしまう。純度の低いヘロインしかしらないこのヘロイン窟の人間は、純度の高いものを体内に吸収するとショックを起こしてしまうのだが、研修医の犯人はこれを承知の上で女にヘロインを与えて純度の高さを確めたのだった。映画とはいえ、ヘロイン窟やそこに屯する中毒患者達のおどろおどろしい様子が非常に印象的である。
横浜大空襲では惨劇の舞台として(02 日ノ出町駅等のページを参照)、戦後はヘロイン窟として、そして今は特殊な飲食店街として、このガード下は今も昔も一種独特の雰囲気が漂っている。


所在地
 市内某所…。とにかく、ガードの下とその周辺。


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