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矢鱈に低く狭い大原隧道


はじめてこのトンネルを見たときには、防空壕の名残か、はたまた何かのアトラクションかと疑ったものだ。高い丘の上に広がる南区清水ヶ丘公園の下を潜るこのトンネル「大原隧道」は高さがたったの3.62mしかなく、その上幅もわずか2.44mしかない。




学生君との比較


撮影しているときにタイミングよく自転車に乗った少年が向こう側からトンネルを潜ってきたので、出口を出たところでシャッターを押してみた。彼の体と比較すれば、このトンネルの低さと狭さが理解できるだろう。




トンネルの中


トンネルの中はこのような状況だ。いくら明かりが照らされていても不気味である。延長254m。短ければ一瞬我慢すればいいのだが、さすがに250m近くもあれば一瞬というわけにはいかない。おでこにライトを点した川口探検隊が向こう側から現れても不思議ではないかもしれない。 なぜこのような形状になったのかといえば、このトンネルは昭和3年に関東大震災の復興事業の一環として開鑿されたもので、そもそもは水道管を敷設することを目的としていたからだ。現在でもこのトンネルの下には蒔田や磯子方面への水道本管が敷設されているらしい。




説明プレート


このトンネルは狭隘さのみならず、その意匠にも目が惹かれる。というのも、水道管用のわりにはポータルが実に見事な風格を持っているのだ。紫褐色のレンガをフランス積し、花崗岩を柱状に配して、城門のような重厚なデザインとなっている。震災復興事業は行政による土木工事への税金垂れ流しの発祥ともいわれるほど、ふんだんにお金が注ぎ込まれているのだが、おそらくこのトンネルもそうなのではないだろうか。




獅子頭の水道栓



なお、このトンネルの南側出口近くには明治期に実際使用されていた獅子頭の供用水栓が据付けられ、そこからは湧水がこんこんと湧き出ている。近代水道の先駆けとなった横浜水道では多くの獅子頭供用水栓が使われたが、現在残っているのはこれを含めほんの僅からしい。
それにしても昔の構造物のデザインは味があって優れているとつくづく実感する。


普通だったら近隣のPTA等や行政サイドが安全性や管理などの面からこの狭隘なトンネルの廃止を訴えそうなものだが、今のところそうした憂き目に遭っておらず、また今後廃止や通行止になるという話もない。 偏屈な表現をすると、学生の頃読んだ生物の教科書に載っている小腸の柔突起の拡大写真を見ているかのように、この南区という所は山(丘)と谷が入り組んだ複雑な地形をしており、あちらこちらに急坂があったり、断崖絶壁が聳えていたりする。明らかに日当たりの悪そうな深い谷底に木造住宅がびっしり建ち並んでいる箇所もあって、実際そういう場所を車で通ると地勢上ラジオの受信状況が若干悪くなるほどだ。この清水ヶ丘公園周辺もこの典型的地形であり、公園の北側にある谷底地域から南側の比較的商店の多い鎌倉街道沿いの地域へ行くには、公園の高い山を越えるか、山を避けて遠回りする他ない。こういう当地にあってこのトンネルは高い丘をクリアするために生活上必要なのである。


所在地
 南区清水ヶ丘・南太田(清水ヶ丘公園の下) 地図(MAPFAN)


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