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今はよく解らないが、かつて杉並区の井草や荻窪周辺で供給される水道水は美味いと言われた。23区内の上水道は大量に供給する必要上、多摩川水系の東村山・砧浄水場、相模川水系の長沢浄水場、荒川水系の朝霞・三園浄水場、江戸川・利根川水系の金町・三郷浄水場などいずれも河川から取水して利用しているのだが、極めて稀有な例として地下水から取水している浄水場が1箇所だけ、杉並区内にあるのだ。

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杉並浄水所・正面


善福寺池の南側池畔にある東京都水道局杉並浄水所(「場」ではなく「所」)では武蔵野台地の地下を流れる地下水を汲み上げてそれを上水道に用いている。そもそもこの浄水場はこの地がまだ杉並区に編入される以前、井荻村と呼ばれていた昭和7年3月15日に使用が開始されたもので、関東大震災後急激に宅地化が進んだ井荻村が自村のインフラ整備のために建設したものであった。




善福寺池


井荻村は現在の杉並区荻窪・井草・善福寺・清水・今川・桃井といった一帯である。井荻村は当時の東京では珍しく先見の明とそれを活かす行動力のあった村で、震災を契機とした東京西郊の宅地化に対処すべく、村長の内田秀五郎が先頭に立って地主を説得し、積極的に区画整理を行ってスプロール現象(無秩序な宅地開発)を防いだ。また内田村長や村内の地主有志は銀行を設けたり、電気や電話の開通に尽力したり、中央線の西荻窪駅や西武新宿線(当時は西武村山線)の上井草・井荻・下井草各駅の開設に私財を擲って働きかけたりと、住環境整備にことのほか力を注いだのだった。
街並みがゴチャゴチャしている印象の強い中央線沿線や西武新宿線沿線でも、旧井荻村一帯では落ち着きのある整然とした街区が広がっているのだが、これはかつての内田村長をはじめとする井荻村有志の努力の賜物なのである。狭い路地に沿って継ぎ接ぎ状に商店街や木造住宅がビッシリ建ち並んでしまった高円寺や野方などと比べれば、その差は歴然としている。
善福寺池畔にある浄水所取水井近くにはこの内田氏の立像が立てられ、その功績が讃えられている。銅像というものはその人に関係のない者が見るとバカバカしい物に見えてしまうが、氏が残した功績を考えればこの人の銅像は立てられて然るべきだろう。




内田秀五郎の立像




遅の井レプリカ


井荻村では自前の水道を敷設するに当たって水源を2箇所検討した。一箇所は善福寺池畔でもう一箇所は妙正寺池畔である。調査の結果いずれも良好な水源となりうることがわかったのだが、とりわけ善福寺池畔は水量も豊富だったのでここに井戸を掘削し、合わせて浄水場を設けることにした。善福寺池畔には源義経にまつわる伝説がある遅の井と呼ばれる湧水があるほど水には恵まれていた。現在この遅の井は残念ながら枯れてしまったが、それを模したモニュメントを設けてポンプアップした地下水を流している。




取水井
建物は当時のまま現役


今でも当時の集水井の建物がそのまま使われている。とはいえ井戸自体は若干変えているようで、旧井荻村時代の井戸は幅3.4m×深さ16.0mのものが1本と、幅3.4m×深さ14.27mのものが1本の計2本であったが、現在では幅3.4m×深さ17.5mのものが1本、幅3.4m×深さ15.774mのものが1本、幅3.6m×深さ17.25mのものが1本の計3本になっている。1日あたりの給水能力もかつては約6,000立方メートルだったものが、現在では15,000立方メートルまで増えている。
平成13年度の実績は、1日最大配水量が6,400立方メートル、年間合計配水量(取水量)が1,106,700立方メートルである。この年度の都内年間合計配水量は1,655,555,100立方メートルであったから、都全体に比べれば0.07%程というすずめの涙にもならない僅かな量なのだが、それでも一応東京の上水道の一翼を担っているわけだ。
井荻村時代、当時既に敷設されていた荒玉水道からの引水は圧力などの関係で不可能だったといわれているから、自前で水道を敷設しなかったらいつまで経っても水道の恩恵に預かれなかったと言われている。その水道が今でも良質な水を供給しているのだから、つくづく先人の炯眼と尽力には敬服するばかりだ。




取水井
建設当時の写真




池から見た当時の浄水場


ところでこの杉並浄水場の水は都内で一番コストがかかっている。取水量・配水量1立方メートルに対する電気料金を比較すると、一番安いのは東村山浄水場で1立方メートル当たり0.45円であるが、ポンプアップするために電気を沢山消費する杉並浄水場は最高額である1立方メートル当たり6.07円となっており、約13.5倍ものコスト差がある。杉並浄水場の水は都内の浄水場では最高の水質であるといわれているのだが、やはり美味しい水を得るにはお金がかかるようだ。ちなみに水源の水質悪化のために高度処理を施さねばならない金町浄水場は4.57円、三郷浄水場は5.58円となっている。金町浄水場の取水口を見ると水道水を飲む気が失せてしまうが、あの水に5円払うのなら美味しい杉並の水に6円払った方がいいだろう。




建設当時の沈殿地と事務所
沈殿地は現在使用されていない


所在地
 杉並区善福寺3-28-5 地図(MAPFAN)


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