風色top東京蒐集録top東京蒐集録05東京蒐集録07


関東大震災後、住宅不足を補うために同潤会をはじめとして東京や横浜で所謂震災復興事業による集合住宅が次々と建設されたが、震災から80年の星霜が過ぎた今、それらの建築物は多くが姿を消している。最も有名な表参道にある同潤会青山アパートも取り壊しが決定された。こうした中、江東区清澄では大通りに面した好立地で復興建築がいまだ現役中である。

画像をクリックすると拡大版がポップアップ表示されます。




東京市営店舗向住宅


車で清澄通り(二つ目通り)を走っていると、ちょうど清澄庭園の東縁にあたる箇所で「く」の字形に曲がるのだが、そのカーブ前後にいかにも戦前風なコンクリート造りの棟割長屋が建ち並んでいる。屋根や角に凹凸のあるファサードやアール・デコ調の装飾などが特徴的なこの建物群は「東京市営店舗向住宅」といい、一部は空き家になっているものの今でも多くの棟で生活が営まれており、商店街としての営業も行われている。

この土地では震災前から清澄庭園を所有していた三菱財閥の岩崎家が長屋を経営していたが、震災で倒壊した後に東京市が震災復興事業として当時の東京市が昭和に入ってから建築したものである。鉄筋コンクリートの2階建てで、間口2間半の店舗5〜8戸が一棟になっている。時期が時期だけに耐震耐火構造となっているのだが、これが原因で家賃が高くなり、巡査や教師の初任給が40〜50円の時代に家賃が月63円もしたらしい。しかし、これでは市営のくせにあまりに高いとして後には月32円まで値下げされたそうだ。今も昔も、役所が料金を決めるとロクなことがない。




特徴的な棟割長屋が続く




アール・デコ調のファサード


耐火構造ではあったが、さすがに空襲の業火には勝てずに被災してしまった。それでも外壁だけは焼け残ったために、戦後払い下げられてからは中の造作を作り直して再び人が住まうようになり、今に至っている。
現在は使い手によっていろいろと改築され、外壁や屋上、そして1階の店舗部分などはそれぞれの棟で異なった状態になっているが、それでも屋根や角はアール・デコ調デザインで統一されており、当時の意匠がしっかりと残っている。震災後に建てられたコンクリート建築はこうしたアール・デコ調が非常に流行ったが、これもそのひとつである。一部の棟の窓は当時は珍しかった縦長の鉄製サッシが現役で使われており、設計者が意図した日本の伝統建築に対するアンチテーゼが感じられる。

同潤会アパートは次々に壊されてゆく。果たしてこの長屋はいつまでこの姿を保っていられるのだろうか。




縦長の窓


所在地
 江東区清澄3丁目 地図(MAPION)


風色top東京蒐集録top東京蒐集録05東京蒐集録07メール

(c) 2004 K-I All rights reserved.