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隅田川を江戸・東京の象徴だとする声は多い。御府内(江戸城下)随一の川としてかつては大川と呼ばれ、桜や花火などの風物詩、待乳山や永代橋、吾妻橋といった名所など、折々の風光明媚な景色は数多の錦絵に描かれてきたのだが、正直なところ現在の隅田川を見てもそんな川だったとはとても思えない。両岸にブルーシートのおうちが並ぶデカい運河と表現すれば事足りてしまいそうだ。とりわけ新大橋から北はカミソリ堤防の上に首都高が覆いかぶさっているので哀愁はあっても風情はない。この状況にあっても、東京を扱う某雑誌に見られるような「隅田川の景色は東京人の心だ」と云わんばかりの発言をしている江戸かぶれの文芸爺さん達は、余程酔狂な御仁であるかノスタルジーに正常な判断を狂わされてしまったかのいずれかに違いない。御仁が川面をバックに「昔は良かった」と語るその後向きなノスタルジーにも私たちはいい加減食傷している。

さてこんな散々な隅田川ではあるが、頭上から高速が取り払われる清洲橋以南は、周囲のゴチャゴチャした風景が見えにくくなる夜になると街の光が川面に浮かんで煌くので意外と美しいのだ。隅田川大橋や佃大橋など実用本位のつまらない橋とその周辺を除けば、橋の上から眺める夜景はなかなか捨てたものではない。
特に私が気に入っている夜景は、永代橋から眺める大川端リバーシティー21と、勝鬨(かちどき)橋から望む芝浦方面の眺望である。

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永代橋からの夜景


以前テレビで立川談志が川下りの屋形船に揺られながらこの風景を見て「わざわざ気取って海外に行かなくったって、こんなに綺麗な風景があるじゃありませんか」と宣っていたが、臍の曲がった爺さんの発言ゆえに表裏はあるにせよ、言葉通りに解釈しても確かにそう思う。この辺りは川岸もテラス状に整備されているので、昼間に来ても非常に爽やかである。アジア的な雑多さや猥雑さが少ない。中央大橋のライトアップもシンプルでよい。
開発の際にはいろいろと騒がれた石川島のリバーシティー21だが、出来上がってみると綺麗な街並みに仕上がっており、高度経済成長の残滓がこびりついて沁みったれていた隅田川の風景にもアクセントがつけられた。古いものを壊して新しいものを造る際にはとかく懐疑的な声があがるものだが、その結果が新しい美観や優れた実用性・効果を発揮していれば、おそらくその懐疑や蟠りは相当解消されるだろう。このリバーシティー21もそのひとつではないかと思っている(ネーミングはともかく…)。




夜の勝鬨橋


永代橋から下流に行くと、某大手広告代理店が移転したため夜は暗い部屋ばかりになる聖路加タワーが右岸に聳え、暫く下って佃大橋が川を跨ぎ、そこから数百メートルで勝鬨橋に着く。私は以前とある出版社に勤めていた頃、仕事から現実逃避したくなった時には、わざわざこの橋の小田原町(築地)側の土手まで来て、そこのベンチに寝そべって時間を潰してサボったものだった。

永代橋や清洲橋もそうだが、隅田川に架かる橋は戦前に建造されているものが多いために武骨な構造をしており、これが何ともいえない味を醸しだしている。とりわけ勝鬨橋はご存知の通り昭和43年までは橋の真ん中が開いて船を通す開閉橋として使われており、このため橋の構造も他の橋より複雑で特徴的である。私が生まれたときには既に開閉は中止されていたが、今でも開閉を操作する部屋や、開閉の際に歩行者に対して出された信号機が残っており、それらが当時の様子を偲ばせてくれる。

勝鬨橋が隅田川最下流の橋であり、ここから下流に橋は架かっていない。このため橋の上から下流側を眺めると広々とした眺望が得られる。真下には築地市場の河岸、その奥には浜離宮、竹芝桟橋、汐留の新しいビル群、そして東京タワーまで一望することができる。そして川に浮かぶ屋形船や客船が夜景にアクセントを加えてくれる。川面を通る風に吹かれながら夜景を眺めていると、東京に生活していてよかったと感じた。




開閉部




歩道用信号と開閉操作室




勝鬨橋上より築地市場・汐留方面を眺める


所在地
 永代橋:中央区新川1丁目・江東区永代1丁目 地図(MAPION)
 勝鬨橋:中央区築地6丁目・勝どき1丁目 地図(MAPION)
 


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