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江戸時代の麻布は武家屋敷や寺院が多く建ち並ぶ場所であったが、それでも所詮は鬱蒼と叢林の生い茂る田舎の山中だったらしく、里山を象徴する獣であるタヌキに纏わる地名が点在している。今となっては麻布が里山であったなんて想像だにできないが、地名だけがかつての様子を伝えてくれているわけだ。

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麻布狸穴町の標識


麻布で狸といえば、まず思い出すのが麻布狸穴町(あざぶまみあなちょう)という町名である。町名の由来は読んで字の如し、マミ(雌狸やアナグマのこと)が棲息する穴があったからとする説が一般的だが、江戸時代の儒学者である荻生徂徠は銅や雲母を採掘する採鉱抗の間歩(まぶ)が転じてマミになったという説を唱えている。どちらが本当かは定かではないが、私としてはタヌキを地名の由来にしたほうが長閑であり、且つ都心に狸というギャップがたまらなく面白いから、前者の肩を持ちたい。「まんが日本昔ばなし」の常田富士男や市原悦子の声が聞こえてきそうだ。
なお、戦前に刊行された『麻布区史』では狸の穴について言及しており、「古老は此の穴の残つてゐたのを見たと云ふ」という怪しげな聞き取りの結果を紹介している。

港区は昭和37年に国会で制定された「住居表示に関する法律」に従って区内全域での住居表示施行を決定し、次々に町を統合して旧地名を潰していき、現在のような町名と丁目・地番・号の組み合わさった住所表示スタイルを確立させていったのだが、この狸穴町と隣の永坂町だけは地元の強固な反対に遭ったために地名変更の同意が得られず旧地名のまま生き残り、このため港区は今に至っても住居表示達成率が100%になっていない。

余談だが、この狸穴町には鼠坂という狭隘な坂もある。タヌキといいネズミといい、この場所は人里に棲む動物に縁のある土地のようだ。




ロシア大使館脇の狸穴坂




こちらは鼠坂




古川にかかる狸橋


麻布と白金の間を流れる古川にはいくつもの橋が架けられているのだが、この橋の中にも狸が潜んでいる。慶応幼稚舎の裏手には一本の小さな橋があって、これを狸橋と呼んでいるのだ。

白金側の橋詰には石碑があって、名前の由来が刻まれている。橋の南西(旧白金三光町付近・北里研究所付近)に蕎麦屋があり、ある日子供を背負って手拭いを被った女性がこの店に入って蕎麦を求めた。女性がお代を払って店を出ると、女性は化ける前の狸の姿に戻り、そのお金は翌朝木の葉になってしまったという。この奇譚によって蕎麦屋は狸蕎麦と呼ばれるようになり、近くにあったこの橋は蕎麦屋に因んで狸橋と名づけられたそうだ。狸蕎麦の話は地元に伝わる麻布七不思議のひとつとして細々と伝承されているのだが、話に落ちも膨らみも含蓄もなく、いまいち面白みに欠ける。またその奇譚が橋名の由来となったというのも少々無理があるようにも思える。だが、この手の無意味で無理矢理な伝承は地方の何の変哲もない田舎に行くとよく出くわすから、それだけ昔の麻布や白金一体は単なるド田舎だったんだろう想像することもできる。




狸橋の上から見た古川




狸坂


麻布十番からちょっと奥に入った元麻布の旧宮村町一帯は、古い民家を改造した店や酒林を吊るした店など、隠れ家的な飲み屋が点在していて、しっぽりとした時間を過ごしたいときにはもってこいの場所である。この旧宮村町から旧一本松へ上がる坂を狸坂という。現在の元麻布2丁目と3丁目の間に位置している。

『麻布区史』によれば「暗闇坂の南、一本松町との境をなす坂、一に旭坂とも云ふ。昔時古狸が出没して人を化かして困つたと云ふ」とのことである。別の文献によれば、近くに大きな榎の木があって、その根元の洞穴に狸の親子が住んでいたとのこと。鳥居坂から伸びてオーストリア大使館前の前を通る暗闇坂は、坂の両側が鬱蒼とした樹木で昼猶暗かったことが名前の由来であるから、この辺りも狸が出てきて化かされたという伝承が発生してもおかしくないような薄気味悪い所だったのだろう。

なお狸坂があれば狐坂もあり、狸坂の西側に位置している。先程の『麻布区史』によれば「長玄寺前の坂、一に大隈坂と称す。此の方は狐の縄張りで、古狐が毎夜女に化けたと云ふ」とのこと。狸と狐は麻布の地でお互いに縄張り争いをしながら人を化かし合っていたようだ。全くご苦労なことである。昔この辺りは藪下と呼ばれていて、大正初期まではとても寂しい場所だったらしい。
なお狐坂の場所については2つほど説があり、どちらが正しいのか判らない。私は『麻布区史』や他の郷土資料に従って長玄寺前の坂を狐坂と判断したのだが、これではなく長玄寺より上がった所から現在の麻布中学・高校の方へ伸びていた坂で、今は学校の敷地に取り込まれて消えてしまいその一部が路地として残っているに過ぎないとする巷説もある。何だか私まで化かされたようだ。




これが狐坂らしい




たぬき煎餅


町名・橋・坂と、老成り趣味の人間しか興味を抱きそうにない話題ばかりを続けてきたので、ここでひとつ一般受けしそうな麻布のタヌキを紹介してこの項を締めたい。麻布十番のたぬき煎餅である。
この煎餅店は昭和初期に柳橋(台東区)で創業してその後宮内省(当時は庁ではなく省)御用を受けたが、空襲で罹災して戦後麻布十番に移ってきた。ということは、麻布に伝わる狸の伝承とこの煎餅は直接的には関係がない。事実、煎餅のタヌキは単にタヌキの形をしているばかりでなく「他抜き」、つまり他の追随を許さない味という意味があるそうだ。確かにタヌキの置物や象った食べ物は縁起物としても重宝されている。花柳街柳橋で発祥した煎餅らしいネーミングである。 とはいえ、狸の伝承が残るこの地にたぬきの煎餅屋さんが移ってくるのも何かの縁なのかもしれない。あぁ、結局は年寄り臭い締めくくりになってしまった…。


所在地
 狸穴町:港区麻布狸穴町 地図(MAPFAN)
 狸橋:港区南麻布4丁目・白金5丁目 地図(MAPION)
 狸坂:港区元麻布2丁目・3丁目 地図(MAPION)
 たぬき煎餅:港区麻布十番1-9-13 地図(MAPFAN)


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