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雨のクラクフ中央駅前 (*)

 2003年7月29日のクラクフは朝からどんよりと雲が立ち込めており、窓を開けると朝露を含んで夏なのにヒヤッとする空気がゆっくりと部屋へ入りこんできた。漂いながら部屋を巡ろうとする空気は起きぬけの私に纏わりつきながらそこで動きを止めて忽ち生温かく変貌し、爽やかな朝の到来をいやらしく阻害しようとするばかりだった。

 支度をしてホテルを出ると小糠雨が降っていただが、今日は一日中外出する予定なのでこの天気は困る。クラクフに到着した昨夜は暗くてよくわからなかったのだが、明けてこの街を改めて見回してみると前日までいたドイツと比べて幾分見劣りがするように感じられた。駅前の大通りの舗装は剥がれてこそいないが随所で不規則に波打ち、排水が悪いのか水溜りも路面のあちらこちらにできており、駅前広場に敷き詰められているブロックタイルも剥がれている箇所が散見され、ゴミも散らかり、何やら怪しげにウロウロする人たちの影が余計に猥雑さを醸し出している。通りに建ち並ぶ建物も単に古びているのみならず、メンテナンスが行き届いていないのか黒い汚れが外壁にこびりついている有様だった。










バスのチケット




左のバスがオシフィエンチム行 (*)


 アウシュヴィッツとはドイツ統治下の際に名付けられたドイツ語地名であり、現地(ポーランド語)ではオシフィエンチムとよばれている。
中央駅の駅前バスターミナルには大きな時刻表が掲示されており、これによれば朝8:00ちょうどに7番乗り場からオシフィエンチム行が出ていることが確認できた。7:45には中央駅からも同じくオシフィエンチム行の電車が出ているのだが、天候がよくないので現地にほぼ直接乗り入れるバスを選択することにした。

 早速窓口でチケットを買って乗り場へ行くと、バス溜まりに幾台も駐車されているバスの中でもいかにも共産圏的な古い車両のフロントガラスに"Oswiecim"と書かれたプレートが提げられている。ボロく薄汚い車体はそこはかとない不安感を抱いてしまうが、普段は滅多にお目にかかることのできないこのバスに乗れるのかと思うと、旅ならではの冒険心や好奇心も自ずと駆り立てられるものだ。

 ポーランド屈指の観光都市だけあって観光客への勧誘行為も多く、昨晩はホテルでチェックイン時に団体バスによる英語ガイド付ツアーの勧誘を受け、今朝も何度も白タクの運ちゃんらしき男から「アウシュヴィッツ?」と何度も声を掛けられた。私のみならず他の観光客も同じ洗礼を受けている。

ほぼ定刻に出発したバスはクラクフ市外を出るとクネクネと曲がりながら田舎道を進み、途中のバス停で客の乗降を繰りかえさせているうちにいつの間にやら車内は満員になっていた。現地までの2時間以上の道程、車窓に見えるなだらかな丘にはひたすら田園風景が広がっているのだが、先進資本主義国と違って共産圏だった国の田園風景には牧歌的な色彩をより強く感じずにいられない。重苦しいこの日の天候がそんな情景を作り出しているのかもしれないが、それを差し引いても、一見同じような広大な耕作地であっても、たとえばアメリカのそれと中国のそれとでは受ける印象が全く違うように、ここでも似たような印象差を感じるのだ。無論目に飛び込んでくる建物や文字の相違は大きいのだが、やはり耕地そのものに決定的な相違があるように思えてならない。今回の旅行で見たドイツの耕地とポーランドの耕地ではやはり後者の方がより素朴で時の流れがやや遅く流れているようだった。

 オシフィエンチム駅前でバスの乗客はゴッソリ降り、そこから程なく(2km程)現地に到着する。見知らぬ土地で一人旅をする人は皆どこか不安そうな面持ちで車窓を眺めるものだ。乗車前に何度も確認しているにもかかわらず、果たしてこのバスに乗ってよいものか、見当違いの場所に連れて行かれるのではないか、と次々にネガティブな発想が湧いて出てくる。かくいう私もそんな臆病者の一人であるから、車内で同士を見つけると安心してしまった。傷を舐めあう感覚とでも言うべきだろうか。でもこういう状況にあっては、男性よりも女性の方が堂々としている傾向が強いようだ。このバスには男性観光客数人(有色人種は私だけ)と白人女性観光客2人が乗っていたのだが、キョロキョロ見回したり手元のガイドブックを何度も読み直すのは大抵男性で、女性は威風堂々のんびりと牧歌的な車窓を眺めていた。古今東西を通じて、男性とは情けない存在のようである。

 不安そうな面持ちの我々一人旅「御一行」様は互いに様子を窺いながら、意を決したようにしてここで降りた。 バスを降りると目の前のフェンスには"AUSCHWITZ"と記された矢印上の看板が提げられている。乗ったバスは間違いなく目的地へ案内してくれた。いよいよナチス戦争犯罪象徴の地へ足を踏み入れる。



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